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【エスノグラフィーの事例】新宿ゴールデン街のエスノグラフィー②

前回、SEEDATAアナリストの大川さんが学生時代に研究した「新宿ゴールデン街のエスノグラフィー」の研究概要や、常連が集まるコミュニティに興味を持ったきっかけ、そして参与者としての観察者から、完全な参与者になっていったというお話を伺いしました。

【エスノグラフィーの事例】新宿ゴールデン街のエスノグラフィー①

今回は大川さんの研究のもうひとつの目的でもある、エスノグラフィーの新しい記述法の開発についてお話していただきます。

大川(以下:大)「前回お話したように、研究の大きな目的のひとつは、新宿ゴールデン街の文化を理解することです。それと同じくらい大きな目的が、『エスノグラフィーの新しい記述に関する方法論の開発と提案』になります。

たとえばマリノフスキーの著書『西太平洋の遠洋航海者』などもそうですが、ある文化を持つコミュニティに調査者が入り込んで、その文化や生活様式を一緒に生活しながら客観的に描写していくのが、クラシックなエスノグラフィーです。

それに対して、ジェイムズ・クリフォードの著書『文化を書く』で批判されていたことのひとつに、調査者と被調査者の権力関係があります」

-権力関係とはどういうことでしょうか?

「簡単にいうと、他人を描写したり書いたりすることで、個人の声を鉤括弧を外して一般化する、ということの暴力性が批判の的になっているんです。そもそもエスノグラフィーは白人が植民地を統治するために、彼らの文化を理解しようというところから始まっているので、すごく西洋中心主義的な思想から始まっているものです。

基本的に調査者が被調査者を、調査という特権的な行為から、彼らを「客観的」に描写するということが行われていて、そういう権力構造がある以上、客観的に文化を書くということは不可能だという批判があるんです。

たとえば、現代の場合でも、ゴールデン街というフィールドにおいて、慶応大学の大学院生というだけで周囲の人の見る目線は違いますし。

それよりも大きな問題としては、たとえば最終的に彼らの文化について記述するのは僕自身で、彼らにそこに介入する力はないし、僕が好きなように書けてしまうという意味での権力関係が存在してしまうんですよね」

-なるほど、調査対象者の意図していない描かれ方をしてしまう可能性もありますね。

「そういう問題がエスノグラフィーにはあると言われている中で、対抗する方法論は色々開発されていて、そのひとつがビジュアル・エスノグラフィー(映像民族史)です。

普通文章で記述されているエスノグラフィーを、そもそも映像で作ろうという、イメージとしてはドキュメンタリーに近いものです。

単純にビジュアルになることによって、街やコミュニティを知らない人も、視覚的に理解できるというメリットと、ビジュアルでは、「これをこういう風に映すのは違う」というディスカッションがその場でできることで、現地の人も作品を作る過程に介入できるという意味で、注目されている手法です」

-映像によるエスノグラフィーは主流になっていくのでしょうか?

「今エスノグラフィーはそういう方向に世界的に動いていて、調査者だけが1人で作るのではなく対象者とともに一緒に作ることで、その過程でも大きな発見があるかもしれないし、ひとりよがりなものにならない、コミュニティの人も納得したものができあがるといわれています。

一方で僕の研究の場合、動画を店の中で回すことは難しいんですよね。飲み屋という、知らない人がたくさん入ってくる中で、いちいち全員に許可をとっていられないので、手続き的に難しいという問題がありました。

かといって客観的にその街を描写するには、バイトを始めて半年くらい経過していたので、半分街の一員になっていた僕が、あらためて街を客観視することもできないだろうと。

その時考えついたのが、新しい方法論の提案として「共同で小説を書くという方法」なんです」

-それはノンフィクション小説ということですか?

「実名などはふせつつ、基本的にはあったことを小説として書いて、書いたものを街の人、一部の店に来ている親しい人と一緒に読んで、小説に対してディスカッションをします。

ディスカッションする目的はいくつかありますが、ひとつは、僕の視点ではこう見えていたけど、深く事情を知っている人には違った風に見えていたり、別の人は違う背景を知っていたりして、単純に僕が見えてない視点を補うことで、物語が多面的に構成されていきます。

ふたつめの目的は、僕が書いてる小説には、事実が歪曲している可能性があって、自分のことを事実よりよく書いてしまうことがありえるんですよね。これはどうしようもないので、よく書いてしまっている部分に対して『いやいやこうだったよ』と周りに言ってもらうことで、他人に代弁してもらう必要があると思いました」

-私も自分で自分のことを書く場合はどうしても補正が入りがちなので、すごくわかりますね。

「歪曲している原因はもうひとつあって、僕が『酒場のエスノグラフィーのジレンマ』と呼んでいる問題なのですが、単純に酒場とかバーとか、お酒が介入する場所では、お酒を飲まないとコミュニティには入れないけど、お酒を飲むと記憶があやふやになってしまうという問題があります。

だから、ところどころ僕の記憶や記録があやふやになっているんです(笑)

-たしかに酒場などでお酒を飲んでいる人と飲んでいない人とでは、コミュニティでの親密度というか距離が違うように思います。

「以上の問題を他の人の視点をいれることで埋め合わせる、僕が見ていた事実とほかの人の事実を重ねることで、複数の事実を重ねて物語を多面的に理解していこうというのが、ディスカッションの目的です。

そしてそのディスカッションは小説に対して、副音声として入れています。副音声というのはメタファーで、実際に音を聞かせるわけではなく、小説の本文の下に、みんなのディスカッションの文字起こしを入れることで、上ではこういう話があるけれど、下の副音声を読むと実際にはこうだったとか、こういう目線もあるというのがわかる、という新たな記述方法の提案が僕のもうひとつの研究の目的になります。ゴールデン街の理解、方法論の提案をまとめてやっちゃおうという研究です」

-ちなみに小説はどんな内容なんでしょうか?

「初めてお店に行った日からちょうど一年後の最終日に店長の結婚式があったのでその日までを全20章で構成しました。

これを読めば、基本的にゴールデン街の一年のスケジュールがわかるようになっています。一年間の大きな祭りやイベントがはさまっているで、読むと「ゴールデン街の元旦ってこういうことをするんだ」とか、「酉の市ってこういう感じなんだ」とわかると思います。

そして、最初は完全な部外者だった僕が、徐々に街の中で友だちが増えていき、最終的に、1年前は全く知らなかった人の結婚式に出席するという、結構特殊な状況なんですが、その過程がわかるようになっています」

-ノンフィクションでありながら、小説のようなストーリー性を感じます。ちゃんと製本もしてあるんですね。

「製本していることにもちゃんと意味があって、Wordで書いた紙をみんなに渡しても読む気がうせるじゃないですか?あとはWordだと論文っぽいんですが、本になっていると物語っぽくなる、僕の一年間を物語として理解できると思ったので製本しました。ちなみに小説を書いたのはこれが初めてです」

-たしかに研究論文でなく、小説仕様になっていることで手にとって読んでみたくなりますね。

「僕の研究会は、SFCのX-DESIGNという、eXperience、eXperiment、X(未知)など、新しいデザインを考えようということをやっている研究会が集まっているプログラムに所属していたので、僕も方法論として新しいメディアを提案してみようと思ったんです」

-ディスカッションした上で、修正はするのでしょうか?

「修正してしまうとプロセスが見えないし、最終的にどこが修正されたか分からないと意味がないと思っています。観察者と観察される側、それぞれの意見や見方が比較できるようにする必要があるなと。だから本文を修正するという形ではなく、ディスカッションの書き下ろしである副音声という形にしました」

-小説に副音声が入るというのはすごく斬新ですよね。ある事実に対して、多面的に知ることができるというのもおもしろい試みだと感じました。

「副音声はテラスハウスをイメージしたらわかりやすいですが、メインのストーリーを演じる主役たちがいて、それを別の次元からメタ的に観察する人たちが分析したり批判したりするというのが副音声の構図で、野球とかも一緒ですよね。

この研究における副音声は、観察者である僕が書いたストーリーに対して、観察されていた人が観察し直して、批判分析するという副音声のパロディみたいにもなっていて、観察者が観察されるということも、テーマとしておもしろいんじゃないかなと思っています。

そういう意味では僕のエスノグラフィーは亜流中の亜流なんですよね」

-ありがとうございました!

完全な参与者というエクストリームな研究法と、新たな記述法の開発。若きエスノグラファーの挑戦が、これからのエスノグラフィーを変えていくかもしれません。

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