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公開日:2018.07.12/ 更新日:2021.07.12

エスノグラフィー(ethnography)

エスノグラフィーとは?【学術的な意味からビジネスにおける使い方まで徹底解説!】

ここ数年、商品開発や事業創出など、さまざまな場面で「エスノグラフィー」という言葉を頻繁に耳にする機会が増えてきました。一言にエスノグラフィーといっても、単純な「観察調査」という意味で用いる場合から、コミュニティのリサーチとしてエスノグラフィーという言葉を使う場合など、ビジネスにおいては様々な意味で用いられることのある多義的な言葉です。この記事では、「そもそもエスノグラフィーって何なの?」といった疑問から、「他の調査手法と何が違うの?」というメリット・デメリットに関する話まで、一気にご説明します!

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そもそもエスノグラフィーとは?

エスノグラフィー(ethnography)とは、もともと文化人類学や社会学において使用される調査手法のことを指していました。自分とは違った生活世界に住む人たちの文化やコミュニティを、アンケートなどを使った数字(定量的なデータ)ではなく、観察やインタビューといった質的なデータを用いて理解するための方法論です。

エスノグラフィーにおいて重要なことは、異文化やある生活を営む人々の生活に自ら入り込み、コミュニティや人々の生活圏内の内側から彼らを理解することにありあます。エスノグラフィーという言葉とよく混同されて用いられる「参与観察」や「行動観察」という言葉は、人々の生活を理解するというための1つの方法であり、「参与観察=エスノグラフィー」ではない、ということは十分注意する必要があるでしょう。

そしてエスノグラフィーという言葉は、他者を理解するために彼らと生活をともにするという調査研究そのものを指す場合と、その調査研究をまとめた文字通り「民族誌」としてのエスノグラフィーのどちらを指す場合もあります。ビジネスにおいては、インタビューに代わる新たな手法としての「エスノグラフィー」として、方法論としてのエスノグラフィーを指している場合がほとんどです。

【参照記事】

エスノグラフィーとは?

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エスノグラフィーの歴史

エスノグラフィーは、英語でethno(民族)、graphy(記述したもの)の2つの単語からできた言葉です。

民族、という言葉からも分かるように、エスノグラフィーの起源は西洋の文化人類学や社会人類学にルーツをもちます。最も有名なものはマリノフスキーによる『西太平洋の遠洋航海者』でしょう。イギリスの人類学者であるマリノフスキーによって、メラネシアのニューギニア諸島の人々の社会における「贈与」の意味を長期のフィールドワークによって解明した一冊であり、これがエスノグラフィーの原点の1つになっています。

このマリノフスキーの研究ではフィールドワークの期間は2年に及びます。研究テーマによって調査期間はさまざまですが、数ヵ月から長ければ数年、数十年に渡ることもあります。企業がエスノグラフィーを用いる場合は、コストなどの問題から、大抵調査期間は数日から長くても数週間になります。また、欧米企業に比べて日本企業の行うエスノグラフィーの期間は比較的短いことが多く、これもエスノグラフィーの意味や効果が浸透していないことが要因の1つだろうと考えられます。

 

【参照記事】

エスノグラフィーの歴史

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【コラム】『文化を書く』から読み解く エスノグラフィーに対する批判とは?

ビジネスにおけるエスノグラフィーの扱い

アカデミックなエスノグラフィー(ethnography)は、文化人類学・社会学において、集団や社会の行動様式を質的データから調査研究すること自体または調査研究をまとめた「民族誌」を指します。

対して、ビジネスにおいてエスノグラフィーが用いられる際は「ビジネスエスノグラフィー」という語を用いて区別することがあります。それは、ビジネスにおけるエスノグラフィーが企業や顧客の課題解決、もしくは課題発見のためにアカデミックなエスノグラフィーのエッセンスを抽出し、ビジネスにおいて有用なものへと応用させたものだと考えられているからです。

ビジネスの場にエスノグラフィーが登場するようになったのは、1980年頃からUIデザインの中で人間中心設計(Human-centered)が取り入れられ、1990年代にIDEO(米デザインファーム)を中心として「デザイン思考」が確立されるようになってからです。デザイン思考(右脳的思考)は、ロジカルシンキング(左脳的思考)と対比して考えることが可能です。もともと、「デザイン」とはデザイナーなどクリエティブな人たちの特別な職能だとされてきました。しかし、「デザイン思考」という方法論が体系化されたこと、またデザインの扱う範囲の広まりとともに、「デザイナー的思考法」はビジネスマンなどを中心に様々な人が取得するべき技術となりました。そうした流れの中で、人間中心デザインプロセスの考え方の手法として「人を観察する」というエスノグラフィー的な方法論・視点が注目を浴び、主に商品開発などの場面においてビジネスで用いられるようなりました。

 

【参照記事】

ビジネスにおけるエスノグラフィーの扱い

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デザインシンキングとエスノグラフィー①

デザインシンキングとエスノグラフィー②

エスノグラフィーとフィールドワークの違い

エスノグラフィーに近い言葉として、「フィールドワーク」という言葉があります。フィールドワークは社会学でよく使われる言葉ですが、あえて日本語で訳すとすれば「野良仕事」という言葉が充てられます。野良仕事という言葉からもわかるように、外に出て行う調査一般をフィールドワークと呼びます。そしてフィールドワークの対義語として「デスクワーク」があてられます。

デスクワークの対義語と考えると、フィールドワークとは野外でのあらゆる調査活動であり、見る聞く話す解釈する記録するなど、さまざまな意味で用いられます。また、場合によっては街頭でアンケートを配るようなも調査も、現場に出ているという意味でフィールドワークと言う語が用いられることがあります。

さらに、人間のコミュニティだけでなく、動物や植物を観察すること、企業や農村を見学することもフィールドワークと呼ぶことがあり、その用法は文脈によってさまざまな意味を持ちます。

対して、エスノグラフィーとは、人々の集団に関する記述的な研究のことを指します。コミュニティの内側に入り、参与観察やインタビューなどを通して話を聞き、その集団の在り方や歴史を調査すること、もしくは調査したものの結果をエスノグラフィーと呼んでいます。

つまり、エスノグラフィーという調査研究を達成するための1つの方法として、フィールドワークがあり、そのフィールドワークでは「参与観察」から「インタビュー」まで、様々な方法を混合して用いるのがエスノグラフィーです。もちろんエスノグラフィーにおいても「デスクワーク」は重要な意味を持ちますので、どちらが大事というわけではなく、デスクワークで得た情報をもとに現場へ赴くのが調査者の正しい姿だと言えるでしょう。

【参照記事】

エスノグラフィーとフィールドワークの違い

エスノグラフィーとデプスインタビューの違い

ではここから、エスノグラフィーとその他の調査手法の違い、メリットデメリットに関して解説します。

エスノグラフィーとデプスインタビュー、両者とも定性的なデータを得られる手法として認知されていますが、ふたつの調査手法は得られるデータの性質という点で大きく異なります。端的に言えば、デプスインタビューでは対象者が言語化可能な「価値観」を知ることができるのに対し、エスノグラフィーでは対象者が言語化できない「無意識の行動」を知ることが可能です。

デプスインタビューでは、対象者が言語化できる価値観や考え方を深掘りして知ることができるため、彼らがどんな趣向を持っているか、なぜその生活を送っているのか、という対象者の「心の動き(インサイト)」を知ることができます。これは、彼らにどんなコンセプトで商品を作れば良いのか、どんな広告コミュニケーションが彼らに響くのか、ということを考えるために適した調査手法だと言えるでしょう。

一方で、エスノグラフィーでは、対象者が言語化できない、身体知や暗黙知といった無意識の行動を観察によって発見することが可能です。なぜ化粧品を持つときに〇〇な触り方をするのか、なぜ仕事をするときにPCの周りに■■をこの順番で並べるのか、といったことは無意識のうちに行なっていることが多く、観察して初めて対象者が気づくことも多くあります。そういった行動の背後には生活者が抱えている「解決しなければならないこと(=ジョブ)」が隠れている場合が多く、それらは観察を通して発見することができるのです。ですので、エスノグラフィーはインタビューに比べて、商品開発や事業開発に向いている調査手法であり、具体的なプロダクトの仕様や機能などを考えるための良い素材となります。

エスノグラフィーとインタビューはどちらが優れている、というものではなく、相互補完的なものであると考えるのが良いでしょう。エスノグラフィーを通して、その中でより深堀りしたい、今までなかった行動をしっかり見つけ、インタビューを通して価値観や考え方を知ることで、コンセプトやアイデアがより具体的なものとして浮かび上がってきます。

 

【参照記事】

エスノグラフィーとデプスインタビューの違い

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デプスインタビューのメリット・デメリット

訪問調査とエスノグラフィーの違い

次に、エスノグラフィーと近い性質を持つ「訪問調査」とエスノグラフィーの違いについてです。

一般的に訪問調査とは、調査対象者の「家」を訪問しインタビューやアンケートを通して調査を行うデータ収集法の1つです。

訪問調査とエスノグラフィーの最も大きな違いのひとつが、対象者と観察者の関係性や、観察者の「態度」のあり方です。

基本的に訪問調査は「客観的な調査」であると言えるでしょう。

訪問調査や行動観察において最も重視されるのは「バイアス」をかけない環境づくりです。特に訪問調査では、家庭での生活の実態を把握するため、調査者はできる限り存在を透明に近づけることが望ましいとされ、Fly On the Wallとも呼ばれる態度が期待されます。

対してエスノグラフィーでは、対象者と信頼関係(ラポール)を築きながら、観察者と対象者を対等な立場に近づけて観察を進めていくことが一般的です。

これは、もともとエスノグラフィーが文化人類学・社会学から生まれた手法で、集団(コミュニティ)や社会の行動様式を、集団の内側に入って調査・記録することを目指したことが背景にあるからと考えられます。

そのため、ビジネスにおけるエスノグラフィー調査においてポイントとなる点は、調査者と対象者という関係を作らず、如何にそのコミュニティに自然に溶けこめるかという点です。

訪問調査が調査者がその存在を透明にし、客観的に調査を行おうとするものであるのに対して、エスノグラフィーでは、実際に自分もそのコミュニティの一員となって調べていくことを非常に大切にしています。

それは対象者と話しながら新たな答えを一緒に探していくというイメージで、対象者に対して一方的な理解ではない「了解的な調査」であるとも言えます。これがエスノグラフィーの特徴であり、訪問調査との最も大きな違いとも言えるでしょう。

 

【参照記事】

訪問調査とエスノグラフィーの違いとは?

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グループインタビューのメリット・デメリットを解説

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【エスノグラフィーの事例まとめ】

【エスノグラフィーの事例】街を見る視点を変えるエスノグラフィー①

【エスノグラフィーの事例】街を見る視点を変えるエスノグラフィー②

【エスノグラフィーの事例】街を見る視点を変えるエスノグラフィー③

【エスノグラフィーの事例】訪日外国人のエスノグラフィー①

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【エスノグラフィーセミナーレポート記事】

進化する消費者のニーズとエスノグラフィー-SEEDATAエスノグラフィーセミナーレポート①

ジョブ理論をもちいたエスノグラフィーとは?-SEEDATAエスノグラフィーセミナーレポート②

なぜエスノグラフィーでジョブを見つけることができるのか?-SEEDATAエスノグラフィーセミナーレポート③

探索型エスノグラフィーと創造型エスノグラフィーの事例-SEEDATAエスノグラフィーセミナーレポート④

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