日本国内外の先端事例や生活者トレンドをSEEDATA独自の視点で分析し、ブログ形式で配信しています。News

Written by
SEEDATA
公開日:2018.06.18/ 更新日:2021.07.12

エスノグラフィー(ethnography)

【コラム】『文化を書く』から読み解く エスノグラフィーに対する批判とは?

本記事では、異文化や他者の世界を観察やインタビューを用いて調査するエスノグラフィーにおける、調査上の注意点や調査者と調査対象者の非対称性などの問題意識について紹介します。

エスノグラフィー批判の始まり

1986年、歴史学者ジェイムズ・クリフォードと人類学者ジョージ・E・マーカスによって『文化を書くーエスノグラフィーの詩学と政治学ー』が出版されました。

この本が提起しているのは従来の文化人類学によって実践されてきた「文化を書く」という行為に対する問題意識です。エスノグラフィーを先導してきた文化人類学では、主に欧米出身の白人の人類学者たちが南米やアジア、オセアニア、アフリカなどのフィールドに行き、現地の人々の生活を観察するという調査が行われており、人類学者たちは異文化を「書く」「記述する」という行為に対してなんの疑いも抱いていませんでした。

しかし、ポストモダン思想の影響も含め、クリフォードやマーカスらはこのような調査や記述にも文学的な要素や政治的な意図が潜んでいると主張し、「西洋」の人類学者が特権的な立場から「非西洋」の文化を一方的に「客観的事実」として書くことはできないと批判しました。では具体的にはどのような問題が挙げられるのでしょうか。

彼らは「部分的真実」と題する序論で次のような問題点を提起しています。

・書き手は意図的に取捨選択をしている

調査において、書き手が必要のない情報であるとみなした場合、その情報は記述から排除されてしまう。また書き手の個人的な感情(ex.怒りや暴力的感情、過剰な喜び)、調査における失態などについては書かれない傾向がある。

・記述自体がレトリックの制約を受けている

書き手は自分が用いる言語の慣習的表現を用いて記述を行うため、比喩や寓話など言語によって異なる表現を排除することができず、そこに意味を取捨選択したり、付け加えてしまう。

・調査する側とされる側の間に非対称的な権力関係が存在する

調査者が特権的な立場から調査される者について一方的に書いて発表する、といった不平等な権力関係があると指摘される。調査者は自分自身の声や意見に権威的な役目を与えるのに対して、調査される者の情報を「インフォーマント」として捉えてしまうことがある。

・文化人類学という学問は「西洋」の権威を前提に成り立っている

文化人類学において、先進国の人類学者が優越的な立場から「非西洋」の社会を調査・分析を行うという形は存在し続けており、植民地主義を内包していると考えられる。

・エスノグラフィーは、書き手が誰であり、どのような制約下にいるのかに影響される

民族誌は書き手の属性や状況に左右されてしまう。どのような制約のもとで、「いつ」「だれが」「どこで」「どのように」「なぜ」書かれたのかを明らかにする必要がある。

・エスノグラフィーの真実とは、本質的に「部分的真実」である

民族誌に描写される真実は、一つの絶対的な真実ではなく、いくつかの「部分的真実」である。真実と見えるものは常に社会コードと慣習によって限定された表現の組み合わせによって構成されており、絶対的真実を描写することは不可能である。

これらの問題点を挙げ、文化についての記述を「科学的な」研究データとみなすのではなく、一人の調査者によって生み出された産物として捉えるべきであると主張しました。クリフォードやマーカスらは従来の方法で編み上げられたエスノグラフィーを行うことの自明性や正当性を批判的に問い直そうとしたと考えられます。

自己再帰的なエスノグラフィー 

実際、この『文化を書く』の発表前後からこれらの問題意識に基づき、いくつかの実験的なエスノグラフィーが登場します。その中でも多く挙げられたのが自己再帰性を持ったフィールドワークに基づくエスノグラフィーでした。

エスノグラフィーにおいて調査者は、他人を見るだけではなく、他人に見られ、そうした関係性の中に絡め取られた自分自身を見つめることになります。自己再帰性とは、そのような状況下で自分は「何を」「どこで」「どのような」存在として見たのか。それを「なぜ」「どのように」書くのか、といった「自分自身へ折り返すこと」を指します。

以上のことを踏まえ、自己再帰的なエスノグラフィーでは自分自身の欲望、混乱、奮闘、取引などの以前は調査と無関係であった内容を記述することに主眼が置かれ、書き手の歴史的・文化的背景を踏まえて「文化を書く」ことが行われました。

また、この自己再帰的なエスノグラフィーが主流となる中、その表現方法も枠を広げ、一般的な論文形式から、フィクション、エスノドラマ、詩、小説、映像など、あらゆるメディアによる表現が試みられていきました。クリフォードやマーカスらが本書で提起した問題意識は、文化人類学としてのエスノグラフィーに新たな展開をもたらすとともに、30年以上経った現在にも影響を与えているといえるでしょう。

参考文献:ジェイムズ・クリフォード/ジョージ・E・マーカス 著 『文化を書く』

藤田結子著/北村文 著 『現代エスノグラフィー 』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

SEEDATAでは、独自のエスノグラフィー調査を行っています。ビジネスにエスノグラフィーを取り入れたいという方はinformation@seedata.jpまで、件名に『エスノグラフィーについて』、御社名、ご担当者名をご記名いただき、お気軽にお問合せください。

SEEDATAエスノグラフィーのご紹介

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です