近年、コワーキングスペースは世界的に増加していますが、日本でも東京ではとくに顕著です。世界では2017年に14000件、2022年には30,000件を超えるといわれているほど増加するといわれています。利用者数でいうと、170万人が510万人になり、年間平均成長率が25%という成長をとげています。
そもそもコワーキングスペースは、1995年頃、ドイツのベルリンでその原型となるものが生まれ、増加してきたのは2009年頃からで、そこから現在までの10年ほどで大きく様変わりしてきています。
95年当初をコワーキングスペース(1.0)とすると、インターネットの発達とともにフリーランスワーカーが徐々に登場したことをきっかけに、それらの人たちがオフィス以外で働けるよう、シェアオフィスのような形で単純にオフィス機能を提供していました。
その後10年ほどは、単純なオフィス機能としてのコワーキングスペースが主流だったのに対し、2009年頃からは、公的機関が運営している地域活性化を目指したコワーキングスペースや、大企業同士のオープンイノベーション促進目的のもの、起業家たちをインキュベーションという形で集めるものなどが登場し始めました。リクルートが運営していたテックラボパーク(2015-2018)などはそのさきがけ的存在といえるでしょう。
このように、
・地域活性化
・オープンイノベーション
・インキュベーション
という3つの大きな方向性で、おもに企業や政府の取り組みとしてオフィス事業に参入してきたという流れを、コワーキングスペース(2.0)とします。
そこからここ1、2年で急速に、これら以外の方向性や目的をもった新しいコワーキングスペース(3.0)が生まれ始めました。
そこでよく出てくるのが「コミュニティ形成」というキーワードです。コミュニティ形成=「価値観の共同体としてのコワーキングスペース」という風に捉えると分かりやすいのではないでしょうか。
今回はこのコミュニティ形成が成功している世界のコワーキングスペースの事例をいくつかご紹介します。
The Wing(ザ ウイング)
ニューヨークにある女性専用のコワーキングスペースThe Wingは、単純に女性専用というだけではなく、世の中の女性の地位向上やフェミニズムの流れを汲み、女性の政治的・経済的立場を向上させようという女性のキャリアを考えることを目的とした先進的施設です。
これまでも、食事やヨガといった女性に特化した機能を重視したコワーキングスペースはもちろんありましたが、機能ベースではなく、The Wingのように「同じ価値観を持つ人が集まれる」ということをより明確に打ち出していくことが、今後の価値基準となっていくでしょう。
Factory(ファクトリー)
Googleが展開するベルリンのFactoryは、ファシリティやサービスよりも「コミュニティファースト」という理念のもと「COWORKING IS DEAD」という広告を打ったことなどでも注目を浴びました。この広告には「ただ集まって作業するだけのコワーキングスペースはもはや成立せず、いかにそこにいる人間同士がシナジーを生んでいくかが重要」というメッセージが込められています。
Factoryには「お互いがお互いに貢献する」という前提でしか入居できないという特徴があります。たとえば、Factoryにはメガバンクであるドイツ銀行も入居していますが、入居者全員が共通のslackチャンネルを持ち、平等にやりとりをおこなっています。ドイツ銀行は他の入居者に対し、ファイナンスに関するレクチャーをするなど、それぞれが貢献できるスキルを持ち寄り、全体でひとつの共同体として成長することを目的としています。
このように、価値観を共有する共同体としてコワーキングスペースを考えるという大きな潮流があります。これまでは単純にオープンイノベーションと呼んでいましたが、実際に大企業とベンチャーが集まっても、なかなか話が進まないという現状がありました。そこにひとつの大きな補助線としてどのような価値観で集まったかを明確にしていくということが、今後のコワーキングスペースの立場の表明として重要なのではないでしょうか。
ただし、単にコミュニティ形成だけしても意味がありません。そこで2つ目に重要なことがナレッジやスキルのシェアです。前述したFactoryのように、ナレッジやスキルのシェアがしやすい仕組みを作ることを考える必要があり、これらの代表的な事例をいくつかご紹介します。
Seats2meet(シーツ・ツー・ミート)
オランダのSeats2meetは、UXデザイン、SE、リサーチなど、全ユーザーが自分のスキルをあらかじめ登録し、セレンディピティ・マシンという機械を用いて求めているスキルを入力することで、施設内にいる該当のスキルを持ったユーザーを教えてくれます。いわゆる図書館のライブラリ検索のように簡単にスキルを持つユーザーを検索することが可能で、ユーザーは知識を共有することを前提で参加しています。
factoryのslackチャンネル同様、ユーザー同士の会話のきっかけとなる土壌を作ることは、小さなことに見えますが重要な設計です。
GRiD(グリッド)
霞が関にあるシェアリングエコノミーに特化したコワーキングスペースのGRiDは、シェアリングエコノミー系の企業や、サスティナビリティに関心のある興味がある企業などが多く入居しています。
入居者全体がシェアに興味があるという前提だけではなく、さらにスキルシェアさせるという仕組みをどう作っていくかが課題です。
何故なら、コワーキングスペースの最大のライバルはスターバックスといわれているように、いかにスターバックスではなくコワーキングスペースを使用したいと思ってもらえるかが重要です。
コワーキングスペースの魅力のひとつは大きなディスプレイや静かな部屋といった設備ですが、当然それだけでは生き残れません。そこにいる人たちがどういった人たちで、どういう価値観があり、交流が生まれているかどうかが大きなポイントになってきます。
現在多くのコワーキングスペースがコミュニティを謳っていますが、ご紹介した海外の事例のようにスキルシェアがおこなわれ、実践にいたっている事例は日本にはまだあまり存在しません。
さらに、もう一歩進んだ先進的な事例をご紹介すると、前述した価値観の共有、ナレッジやスキルのシェアという土壌があるうえで、さらにそこでワークする内容の制作および検証可能なコワーキングスペースが登場しています。
FOODWORKS(フードワークス)
https://thefoodworks.com/
ブルックリンにあるFOODWORKSは、シェフの起業家を育てるためのコワーキングスペースという形で、プロ仕様のキッチン設備が整い、その場で作って提供して新しいフードプロダクトの価値検証までが可能です。
Bespoke(ビースポーク)
SEEDATAがもっとも注目しているのがリテール企業のコワーキングスペースであるBespokeです。
Bespokeのいちばんの特徴はショッピングモールの一部にあることで、ワーキングエリア、デモエリア、イベントエリアの3つにエリアが分かれます。
デモエリアではポップアップショップを出すことが可能で、利用者は小売りの検証としてプロダクトなどを置き、ユーザーはショッピングのついでに立ち寄り購入できるという設計です。
半分は自分のシェアオフィスがあり、半分はショップとしてその場で作ってその場で検証できるところまで担うコワーキングスペースは、今後のコワーキングスペースの在り方を示す好例といえるでしょう。
そもそも、これまでのコワーキングスペースは、ひとりで入って、数人のチームになり、スモールオフィスに移動して、もう少し大きいオフィスを利用して卒業というモデルが一般的でした。
ところが、ビスポークのようにひとつの場所で検証証から発表までできるようになれば、大企業が数人のチームで入るという形や、大きくなっても籍を残しつつ検証の場として使い続けることができるというの点がポイントです。
一時的に活用して終わるのではなく、そこを利用し続けてもらえる設計として、制作から検証まで可能なラボ型オフィスといえるでしょう。
ここまでの話は、仲間を見つけたい、同じ志をもった人たちと働きたい、さらにそれらの人がいることで自分の事業がさらにドライブされていくということにメリットを感じるという、いわゆるがスタートアップ思考的な話でした。
このような考え方は今後も広がっていくはずなので、彼らにとってはコミュニティやラボのようなコワーキングスペースが重要だといえるでしょう。
一方で、スキルシェアなどは求めず、移動が多い、オフィスの外でも仕事ができるがカフェよりも快適な空間で仕事をしたい、いわば「上位互換スーターバックスが欲しい」というシンプルな需要もあります。
そこをついているコワーキングスペースがNYのSpaciousです。コンセプトとしては上質な空間で働くことで、昼間は使っていない高級なレストランをコワーキングスペース化し、月額1万円で10店舗ある近くのお店に自由に行けるというビジネスモデルで成功しています。
Spaciousはスキルシェアという分脈はとくに考えられておらず、先ほどの話とはかなり対極にありますが、快適な空間という機能の提供も、今後さらに求められていくのではないでしょうか。